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タモリ伝説

「笑っていいとも」が終わっても、テレビ番組やCMなど人気のタモリ。そこで、今回はタモリが築き上げた伝説をご紹介します。

■根暗(ネクラ)の発案者はタモリ!?
人気のラジオ番組『オールナイトニッポン』で1976年から1983年までパーソナリティを務めていたタモリさん。
その時に流行っていたオフコースやアリスさんなどの音楽を例える際に発案したのが根暗(ネクラ)とのこと!!
しかし、これがキッカケで小田和正さんは疎遠になったそうです。テレフォンショッキングに小田和正さんが出演した際に「気まずいね~」「あれ以来会ってないね」とタモリさんともらしていました。

赤塚不二夫さんに対するタモリの弔辞は白紙!?
赤塚不二夫さんの葬儀で、タモリさんの弔辞は白紙だったとのこと。
「私はあなたに生前お世話になりながら~わたしもあなたの数多くの作品のひとつです。」という長文で、当時話題になりましたが、あの文章はアドリブで話したとのことです。

早稲田大学を選んだ理由は吉永小百合に会いたくて!?
早稲田大学出身ということはわかっていますが、その志望理由が吉永小百合に会いたくて!?」というのにはビックリ!
タモリさんが吉永小百合さんの大ファンということは有名でしたが、進学理由もタモリさんならではですねww

■仙人のような温厚さ
タモリさんの付き人兼運転手を務めたジョニ男さんの話になります。タモリさんが10本の古い“木”が気に入って、伊豆のある土地を購入し別荘を建設。その木を鶴瓶さんに見せたいと思い、別荘を訪れたのですが、誤って、管理人が切ってしまったそうです。その時のタモリさんの対応がヤバイ
「切っちゃったもんは、しょうがない」で済ませた対応はまさに仙人ようだったとのこと。

以上がタモリ伝説です。他にも様々な伝説・謎があるようなので、機会を改めてご紹介しようと思います。